終わった縁は自ら手放したほうがいい

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 生きていると、様々な出会いがあります。通説によると、すれ違う、同じ学校や職場にいるなどの接点を持つ人が約3万人。言葉を交わしたり顔見知りになる人が3000人いるそうです。一方で、人間が毎秒に受け取る情報の数は1100万ビット、文字数に例えると約400万字です。そのうち、意識が処理できるのは40~50ビットに過ぎない(ほとんどは無意識のうちに捨てられている)そうですが、つまり、選択肢はほぼ無限にあるなかで人はチャンスを掴み続けているというふうにも言えそうです。

 しかし、3万もの出会いがあり、無限の選択肢があったとしても、中々今の環境や縁から離れたくない人もいますよね。学生時代の友人と一生付き合ったり、人生で初めて働いた職場を生涯続けるという人もいるでしょう。それはそれで、素晴らしい人生だと思います。ですがもし、何らかの理由で息苦しさや、悲しさなどを感じているならば、私はそれを積極的に手放すことをお勧めします。その理由について、これから説明していきます。

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なぜ人は、今あるものにしがみついてしまうのか

 私は高校を三回中退し、五回引っ越しをして、三十回近く転職しました(二十回を超えた辺りから数えるのをやめたので、正確な数は分かりません)。こんなに色々環境を変えているなら、さぞ自由に生きてきたのだろうと思う人もいるかもしれませんが、どんな環境でも、離れるたびにいつも苦しかったです。

 なぜなら、ずばり居場所を失ったように感じるからですね。学校や職場というのは、自分の能力や成果を認めてくれる場所ですし、それによって自分に価値があるとも感じられていました。また、気の合う人や友人なんかもできたりして、飲み会をしたり遊びにでかけたりしたこともあって、それはもう楽しかったものです。ですが、環境や業務内容が合わないだとか、給料の安さや理不尽に耐えられないとか、ときには誰かと喧嘩したのがきっかけで色々なところを辞めてきました。そうなるとどうなるかというと、親友のように気の置ける仲になった人でさえ、前の環境の人は誰もぱたりと連絡が取れなくなります。忙しいから会えないと言う人は大分優しいほうで、ほとんどは未読無視かブロックかでいきなり終わります。なかには、その環境を離れてから数か月のうちは連絡を取ったり会ったりした人もいましたが、フィーリングはめちゃめちゃ合っていたはずなのに、ただ同じ環境ではなくなったという理由で話が合わなくなり、99.9%の人とは疎遠になりました。

 こうなるとどうなるかというと、自分はこの世に独りぼっちであるかのように感じられるわけです。自分のことを認めてくれて、価値を見出してくれる環境を失ったうえに、友人や気心の許せる人まで失ったのですから。原因を考えてみても、その環境を離れただけで、自分は何も変わっていません。ならば相手が変わったのか、それとも自分が元から見捨てられるような悪い人間だったのかとまで考えてしまう人もいるでしょう。しかし今の私なら言えます。環境、環境が全てだったのです。

終わったチャンスとは何か

 

 人間関係と同じように、人は終わってしまったチャンスにもしがみつきがちであると私は思います。一番多いのは、一時期すごいハマって集めた趣味の品々を、なんとなく興味が無くなっても持ち続けているとかですかね。あとは、学生時代にある大会に出ようと努力していたけれど、出られずに対象年齢を過ぎてもずっとそのための努力をしているとか。一概には言い難いんですけれども、一例としては、婚期を逃した五十代になってから婚活して子どもをつくろうとするだとか、十代向けのファッションブランドのものを、三十代になってから着ようとするなどというのも、それにあたるのではないかと私は思います。私の場合ですと、高校を卒業することだとか、ある国に留学しようと準備してたけど色々あって挫折したとか、正社員になれそうだったのに人間関係で揉めて退職したとか、付き合えそうだったのにお互いシャイだったから両片思いで終わった恋とか、色々あったなぁと思います(笑)。

 人間関係は連絡が取れなくなったらそこでおしまいですが、一方でチャンスというものは、続けようとすればいつまでも続けられてしまうので、その線引きが難しいなと常々感じています。例えば私は、就職だったり、婚活する年齢になったりとかで、作家になるのを諦めたほうがいいのではないかという時期、逆に言うと諦めるチャンスというのはこれまで何度もありました。だけどまぁ、今日までなんとか続けてきたわけですけど。一方で、正社員になれそうだったのに辞めた職場は、同じ会社の違う支店で今からでも再入社して働くことは可能ですし、留学に関しても行こうと思えば今からでも行けるわけですし、終わったと思っている人間関係にしても再び連絡すればまた繋がれるかもしれません。客観的に言えば、全てにおいて、終わったと言い切ることは非常に難しいのです。しかし、人生のなかで既に終わったものというのは、確かに存在しているのです。

人生におけるフィーバータイム

 そのときには可能性があったけれども、結局は不可能だった(終わってしまった)もの。これを、私は人生におけるフィーバータイムだと考えるようになりました。

 例えば、ある時期はAさんと仲がよかった、だけどいつの間にか疎遠になってしまったという場合、その時期はAさんというフィーバータイムだったんです。あるいはBというアイドルグループに熱中して、何十万円というお金をかけてグッズを買ったりライブに行ったりしたけれども、あるときふと飽きてしまった。これも、Bというフィーバータイムだった、と言えると思います。

 つまり、人生にはある時期は良くてある時期は悪いというような、そういう波というのは本来無いと思うんです。同時多発的に、ABC、あるいはDCEというようなフィーバータイムが発生する。だけどそれが終わると、ABC、あるいはDCEというようなものが無くなってしまったような気がしてそれを人は運の悪い時期と呼ぶのです。しかし、終わったことでFGHという新たなフィーバータイムが来るチャンスができるのです。

何が終わっているのかを見分ける方法

 話を戻して、何がもうチャンスが終わっているのかを見分ける方法ですが、私は単純に少しでも不快な気持ちになったらそれは終わりだというふうに考えたら良いのではないかなと思います。

 例えば、友だちだと思っていた人と急に連絡がつかなくなったら悲しいですよね。別れてしまった元恋人と、あぁすればやり直せたかもしれないとか考えるのは苦しいですよね。居場所を失ったことに胸が痛んだり悔しくなったり、夢が潰えたことに身も心も引き裂かれそうな気持ちになることもあると思います。ですが、そういう苦しい思いをした時点で、もうそれは終わりなのです。もしもそれがまだ終わっていないのならば、苦しくても楽しみや喜びのほうが強いはずです。

最後は祝福で

 こういう風に考えられるようになるまで、私も大分時間がかかりました。いろんなことに対して、ずっと未練を持っていました。でもこれって結局、自分で自分を苦しめる、自己虐待と一緒なんですよ。私は、アラサーになってからようやく分かりました。

 自分で自分を苦しめていることが分かった時点で、私は未練を持っていた数々の物事に対して、あれもいい思い出だったなぁというふうに考えられるようになりました。続けようと思えば続けられるけど、続ける必要はないんです。全く同じ写真は二度と撮れないのと同じです。人生は旅なのですから、偶然にも同じ場所に再び訪れたり、人と会ったりすることはあっても、無理してまでそれをしなくていいのです。

 そして最初の話に戻りますが、人生のうちに約3万人もの人と出会い、チャンスというのは今この瞬間にも無限に存在しているのです。だから、終わった人間関係、終わったチャンスについては、潔く手放しましょう。そうしないと、新しい縁やチャンスも巡ってきません。

 そしてそれらを手放すときは、嫌々だったり、未練たらたらで目を背けるようにするよりも、ありがとうと祝福する気持ちで手放すと、お互いのためにも良いのではないかなと思います。私の場合、未練や執着があったのって、他責思考があったのもあるのではないかと思うんですよ。見捨てられたとか、あるいは自分が見捨てられたくないから関心を持ち続けなければという義務感であるとか、理不尽への憤りに理由をつけるためだったりとか。

 突然の私事ですけれども、最近また仕事を辞めました。四年前から一番近しい友人で、数年ぶりに再会する予定だったけれども叶わなかった人と、それを機に縁を切りました。ここ数年メチャクチャ課金してたゲームがあったのですが、ゲーム会社の不祥事をきっかけに、気持ちが離れて課金を止めました。その結果、新しい職場で、また新しい出会いがありました。六月に通っていた教習所で知り合った人と、つい最近たまたま入ったカフェで再会しました。前の職場の人がきっかけで、新しい趣味ができました。今言えることは、今までのことも良かったけど、新たに築けるものも同じように良いものであるということです。

 

 過去に失ったものや得られなかったものを数えるよりも、これからの未来を考えたほうが、清々しい気持ちになります。人生というのは、いつでも、ここから、また新しく創っていけるものだったんですね。今年は、私が最初の高校を中退してから十年が経つ年になります。あの頃の私は、未来の自分が今よりもちゃんとした人生を生きて、成功して、孤独ではないことを願っていました。現実は、あのとき描いていた人間にはなれず、あの頃の続きの人生でしかなかったです。それでも、今の私は、自由で、幸せになりましたと、あの頃の自分に見せてあげたいです!

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この記事を書いた人

黒筆のアバター 黒筆 中卒フリーター

高校を三回中退し、精神科の閉鎖病棟に二回入院し、二十回以上転職した人です。最近は小説を頑張って書いています。

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