海外へ行ったら、日本人としてのアイデンティティは捨てるといい

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フィリピンに留学に来て3週間目くらいから、私は妙な胸のつっかえを感じるようになった。

留学にきた始めの週は、良くも悪くも平凡な日々だった。他国の文化や価値観、衛生面や食事が合わなかったらどうしようと思っていたものの、人の身体には思ったよりも柔軟性が備わっていて、多くの人がそれを当たり前だと思って生活していれば、移民であってもそれなりに素早く順応することは可能らしい。年中暑くて日差しの強い気候にも、汚くて触れないトイレの便座にも、明るくフレンドリーなフィリピンの人々に対しても、それを当たり前と受け止め順応していく自身やバッチメイト(同期の生徒)の反応を見て、人間の発達の可能性に私は感動したものである。

留学2週目は、今思うと一番楽しい時期だった。まだあまり英語は話せないけれど、先生や生徒たちとノリでワーッと盛り上がって、言葉は通じなくても心で通じ合えていると感じる体験は、温かな思い出として胸に残るとともに、今後他所で人間関係を育む上でも一生役立つ学びの時間になったと思う。

しかし3週目あたりから、何となく精神的に不安定になっていった。フィリピン人の先生をはじめとして、他の生徒や他国の人との人間関係に、何となくしんどさを感じるようになっていった。彼らは皆、優しく親切で友好的だが、会話や普段の生活の中に現れる文化や価値観の違いに、私はいつの間にか船酔いのような感覚を起こしていたのである。それらの違いは、肌の色や言葉のように目に見えるものとして現れるものではなかったが、違和感の正体を突き止めるのが難しいほどの深層で、しかし確かに存在していたのだ。

4週目は、今のところ私にとって最も辛い時間だった。正体不明のその違和感は私のアイデンティティを壊すには充分な量で、「日本人とは何なのか、外国と日本との違いは何か」に悩むだけでなく、「私は一体何のために生まれて生きたのか」「今まで築き上げてきたものは何だったのだろうか」と、自身の存在意義やこれまでの人生の価値についても悩み苦しむことになった。はっきりとそれが何とは言えないけれど、日本人として、‘私‘という存在として、築き上げてきた価値観や固有のもの、「当たり前だと思っていたものが、当たり前のものではなかった」という事実は、それだけで私自身に不信感を与え、時には絶望させるにも充分だったのだ。

5週目は、4週目に感じたショックと抑うつ感を継続させていたのだが、週末に参加した学校主催の1泊2日の旅行に参加したことで、これまた良くも悪くも人生を変えるような新しい価値観を掴むことになる。

この週は、私はフィリピン人の貧乏人ムーブに少しうんざりしていた。先生たちの身の上話のほとんどは父親は働かず貧乏な家庭で苦労したという話ばかりだったし、金持ちアピールにならないように話題を選ぶのもストレスだった。そんな中で私はボホール島というセブ市から約60km離れた島へ旅行に行ったのだが、そこでまた大きなショックを受けたのである。セブ市ですら沖縄レベルの田舎の街だったが、ボホールは日本なら限界集落でも見られないようなど田舎の街並みが広がっていた。それだけならまだいいが、昼食で船に乗りながら原住民の歌やダンスなどを見るイベントに参加した時、一生懸命パフォーマンスをする子供の姿を見て、私はまたショックを受けたのである。そこに住む人たちが当たり前に思っていることを見せ物にしたり、子供が働く姿を見て喜べないことと、そんな自分自身に苦しくなってしまった。

そして私は悟ったのである、田舎が心から嫌いなのだ。そして貧乏人も嫌いなのだということに。

フィリピンには金持ちはごく僅かしか存在せず、多くは貧しいか、とても貧しいかのどちらかである。しかしフィリピンは日本とはまた違った意味で豊かな国だ。フレンドリーで優しく、他人との垣根が薄い国民性はこの国の宝である。しかしお金がないと、「お金があったら幸せになれるのに」「海外に行けば、お金が稼げてみんな幸せになれる」という意識がいつもどこかにあって、時に卑しいとも感じられる振る舞いを人はしてしまうようである。私は、選択肢が貧乏しかない国と、格差のある国で貧乏な生活をするならどちらがいいかと考えたら、後者の方が自分に合っていると思った。差別の意図はなく、私は純粋に金持ちの人間の方が好きだし、人を利用することに慣れないから、金持ちの下で逆に利用される方が自分の性には合っている。また、そもそも私がアラブに行きたい理由も、オイルマネーで培われた真の金持ちの姿と、そこに出稼ぎに来る異邦人との格差や、今後の石油需要に対してアラブ人の意識がどのように変化していくのかを知りたいという気持ちが原動力であったことを思い出した。

結論としては、私は一度、日本人であるというアイデンティティーを捨てることで、他国の価値観を素直に吸収し、その上で取捨選択をして、新たな価値観を手に入れられたように思う。それは思っていたよりもあっけないもので、言葉にするとシンプルだったが、これからの生き方や価値観を変えるには充分なものだろう。海外へ行っても、変わらないものは変わらないままであるが、海外へ行けば、国や人種の垣根を超えて、より自分らしい姿を手に入れられるのではないだろうか。

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この記事を書いた人

月光のアバター 月光 中卒フリーター

高校を三回中退し、精神科の閉鎖病棟に二回入院し、二十回以上転職した人です。最近は小説を頑張って書いています。

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