そこは、南アジアと中東の境に位置する国である。中東と同様の砂漠気候なことや、国教がイスラム教であること、紛争やテロといった中東と同様の問題を抱えてはいるため中東と同じに扱われることもあるが、一応アジアである。
一年前に私は彼と出会い、友人になった。しかし彼の抱えている問題が見えてきて、今まで通りの交友関係が難しくなってしまった。そのため、このまま縁が切れても彼のことを忘れてしまわないように、ここに記録としてのこしておこうと思う。
生い立ち
彼は南アジアの端に位置する某国にいたが、幼いときから両親がおらず一人で暮らしていたという。一応親戚との繋がりは確認できているので、もしかしたら両親は事故などで死別してしまったのかもしれない。
彼は頼れる人も家もなかったため、小さいうちから働いて生活していたそうだ。それがどのような生活かは詳しくは聞けなかったが、サバイバルのような過酷な生活だったようだ。そのため16歳からは士官学校に入り、衣食住を確保する代わりに軍人となった。
軍隊ではスパイや要人警護のような仕事をしていたようだ。近隣諸国には大抵はスパイとして足を踏み入れたうえに、軍隊で語学を学び十か国語は話せるようになったという。それからアメリカ軍とともにアフガニスタンに入り、長年戦争に出ていたが、今から5年前に頭に砲弾を受けて死にかけたのを機に除隊したという。
病院で治療を受けながら、これからは普通の人として生きたいと決意したらしく、そのときたまたま見たアメリカ?のサムライという映画に感化されて来日した。パキスタンには家族も会いたい人もいないため家を売り払い、退職金を含めて5000万円を資本にして飲食店の経営ビザで来たのだが、日本に昔から住んでいた親戚を頼ったのが間違いで彼にすぐ300万円くらい騙し取られたらしい。始めはその親戚と飲食店を共同経営?するつもりだったが、そんなわけで彼は独立して自分の店を持った。
しかし、働きにくるのは同じ国から出稼ぎで不法滞在(難民ビザ申請)で来る人たちであり、彼らは国柄もあっていつもお金お金言ってるような人たちだった。従業員らは怠惰ですぐ仕事をさぼるくせに、何度も店のレジの金を盗むし、そうでなくてもいつもオーナーである彼にお金を要求した。しかし彼は、日本で路頭に迷ったら可哀想だからと警察は一度も呼ばなかった。彼は家賃光熱費食費をすべて負担してあげているうえに、給料も毎月21万円ほどあげていたが、子連れの従業員など不憫な境遇の人には更にアパートを借りてあげたうえに1年分の家賃と半年分の食費まで先払いしてあげていた。
そういうわけだから店の経営は常に赤字で、彼は焦っていた。彼にはアフリカに学校をつくりたいという夢があり、そのためには沢山のお金が必要だった。だから飲食店の二店目を出し、同時に中古車の輸出事業もやろうとした。知り合い伝いで空き店舗を借りようとして、またお金を騙し取られた。中古車事業のために、すぐ近くに住んでいたかつて自分を騙した親戚の知り合い(その人は中古車輸出事業が大成功し、新しくてでかいオフィスとトラックを何台も持っていた)からトラックを1台買おうとして1500万円払い、そしてまた騙し取られた。その人の会社がすぐ近くにあるために顔を見ることはできるが、のらりくらりと言い訳をして逃げているらしい。流石にこれについては警察に相談に言ったそうだが、金銭問題は民事不介入だからといって、もう現実的には取り返すのはほぼ不可能なようだ。
そんなわけで、彼は今年の7月で来日から4年になるが、5000万円のほぼ全てを失った。そんな弱ってる状態で、実は今営業している飲食店の土地を貸してくれていた韓国人が、実は自分を騙した親戚と裏で繋がっており、最後の金を搾り取ろうと法外な退去費用を要求し、2026年5月現在でこうして店まで奪われ無一文になってしまったのだった。
彼の弱さは、家族を欲しがったこと
一応、自国の銀行口座にもお金は残っているので生活はできるようなのだが、客観的にみるともう再起不能な状態と言っていい。彼は、これから45万円かけて日本の運転免許を取り、3年経ったら大型免許を取って、自分で中古車を運搬しながら経営すると言っていたが、そもそも経営ビザでは労働は不可能なのと、それまでの間をどう生きるのかがまるでないので現実的でないと言える。唯一、もう一度もっと小さい飲食店を運営すれば食いつなげそうではあるが、それでは学校を建てるという夢は到底不可能だ。スパイや軍隊の経験を活かせばと言いたいところだが、頭に砲弾を受けた影響で走ることを禁止されており、今後も手術を受ける必要があるようだから身体を使う仕事は難しいだろう。あとは日本人女性を掴まえて結婚することだが……。
彼は何度も騙されながらも、金を奪っていく親戚と縁を切ることはできなかった。また従業員らに必要以上にお金を支援し、人助けを通じて自分を見出すことも止められなかった。それは、生き延びることすら難しかった幼少期と、孤独であり続けた彼の人生が影響しているだろう。
親がいなくて食べることにも困っていたことや、戦争経験で生きるか死ぬかという極端な環境で生活してきた人は、生き延びられないかもしれないということに対して本能的な恐怖を感じるという。だからこそ、お金を盗む人でも匿い続けたり、子どもがいる人に対して過剰なまでにお金を与えてしまうのだ。しかし彼らは、もっと欲しいと要求するだけで、口先以外の感謝は無かった。それでもやめられないのは、彼が自分では無意識に「自分を家族として扱ってほしい」という願望があったからだと言える。
悲しきモンスター
彼は大変な境遇を生きて来たので、どこか達観したような価値観の持ち主でもあり、マハーバーラタというインド哲学に関しても私とよく話が合った。彼は軍隊を通してだがいろんな国に行き様々な経験もしたので、普通の人が求めるような物質的な生活には興味がなく、とにかく人間を通して新しい価値観や幸せに触れてみたいとよく言っていた。
始めは、似た価値観を持ち哲学の話ができる彼に出会えて、私は良き友人を持ててよかったと喜んでいた。しかし段々と、彼が普通ではないことに気がついていった。
まず彼は、他人との境界線が薄かった。自分が嬉しいことは相手も嬉しいだろうという感じであったことや、私は2・3時間でぱっと帰りたいのに6時間以上理由をつけて返してくれないことが負担が大きかった。また私は共通の体験(観光やアクティビティ)を通じて感動や喜びを共有したいタイプなのだが、彼は家で料理を振舞ったり一緒に映画をみたり、とにかく家で何かをすることにこだわった。私はそれをなんだかおままごとのようだと思っていたのだが、次第に彼は、家族との暮らしというものを疑似体験したがっているのだということに気がついた。
私はチャットとかほぼ未読無視するし、絶対に電話は嫌なタイプなのだが、彼は頻繁にチャットを送ってくるし、自分勝手なタイミングで度々電話もかけてきていた。彼は「自分はショートスリーパーだから」と言っていつも午前2時から5時の3時間くらいしか寝ないのだが、店じまいして家に帰った1時とかに電話をかけてくるので、22時には寝ている私には本当に迷惑だった。あとから調べたのだが、戦争経験者は自律神経や精神的にどこかおかしくなってしまっているせいで、短時間しか眠れないというのはよくある話の様だ。そのためか、普段は落ち着いているように見えてすぐ情緒不安定になったり、衝動的な行動(具体的な計画も立てずに突発的に事業を起こそうとすることとか)も多かった。
それから、私が小説創作のスランプに入ったせいで内向的になってしまい、半年連絡を絶っていた。しかしあるとき(1500万円騙し取られたとき)、夜中の4時に私が起きるまで電話のコールをかけ続けたせいで、私は怒って彼をブロックした。しかし、もうチャットや電話はしないで会ったときだけ話すということを決めて和解した。そんなこんなで半年以上ぶりに会ったら、彼は全てを失ったあとだったのだが、久しぶりに会ったときに私は自分が侵食される感じがして無意識に拒絶反応が出てしまっていた。そのため、もう以前のような友人付き合いはできないということを、お互いに悟ったのがこれを書いている数日前の話だった。
彼は会うたびに、自分の夢は学校をつくることだと言っていた。お金がなく働く術もない子どもたちは、生きるために物を盗み、そしてどんどんと犯罪に手を染めるようになるのだと。だから彼らのセーフティーとして、また学ぶことで世界が広がると人は善良になるから、そしたら平和になるから学校をつくりたいのだと言っていた。しかしあるときぽろりとこぼした、「誰でもいいから自分の存在を覚えていてほしい。自分の名前で学校を建てれば、沢山の人が自分を覚えていてくれる」という言葉が、私は彼の一番の本心だと思っている。
彼は、自分は多くの人と知り合ったり理解されたいとは思わないとも言っていた。ほんの少しの人を大切にできればいいのだと言うが、それは自分を裏切らない家族が欲しいと言っているように私は聞こえた。彼は家族が欲しかったせいで、自分を傷つけても同族(同じ国であることや、親戚であること)を捨てられなかったせいで、全てを失ってしまったのではないかと思う。
私は彼に、その事業計画は現実的ではないとか、それは騙されているとか、あなたはそんなことをして本当に幸せなのか?とか、彼が道を誤りそうになるたびにその都度アドバイスをしてきた。しかし彼は一度も聞く耳を持たなかったし、今だって自分のなにが悪かったかもわからず、人助けをした良い人なのだと自認していて、変わろうという意識は持っていなかった。だからこのまま、どんどんと堕ちていってしまうかもしれないが、しかし人というのは自分で自分を助けるしか救われない生き物なのである。
また彼は、「あなたしか友人がいない。あなたさえいればいい」というふうに言っていたが、そこには優しい女性の母性に包まれたいというような依存感情が、会うたびに透けて見えるようになっていた。特に、頻繁に店に来る日本人の中年男性と親しく話していたにも関わらず、彼と友人になろうと思わなかったのが何よりも証拠だと思う。
そういうわけで、私は彼を可哀想だとは思うが、自分を守るために距離を置くことにした。なぜなら私は、彼の家族にはなれないからだ。ただ、彼という人間の人生の物語は興味深いものだったので、彼が日本にいる限りはまた会うことがあるかもしれない。








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