発達障害が大人になって思うこと

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 私は約十年前、十七歳のころに広汎性発達障害の診断を受けました。

 当時はようやく発達障害が広く認識され始めたころで、それでもまだ偏見や風当りも強く、サポートなども何もありませんでした。今でこそ日本人の役十人に一人が発達障害かもしれないなどと言われるものの、私が診断を受けたときにはまだマイノリティだったため、「我が子が障がい者だなんて」と親に泣かれたものでした。

 診断を受けてから約十年が経ち、私は子どもから大人になりました。その過程でどう感じたのか、発達障害の子どもは大人になってどうなったのかなどについてまとめたいと思います。

目次

子どものころについて

 子どものころの私は、割と障害特性が強かったほうだと思います。

 まず、本当にめちゃくちゃ忘れ物が多かったです。おそらく毎日、何かしらを忘れていたと思います。教科書だったり、リコーダーだったり、体操着だったり。友人に借りられるものは借りて、教科書なら隣の人に見せてもらったりして、なんとか間に合わせてはいましたが、例えばリコーダーなんかは貸し借りできるものではないので、授業中私だけ何もできなくて大恥をかくなんてこともありました。それに、毎日のように借り物をしていれば友人らには嫌がられるし、私的にも申し訳なさでいっぱいになって少しずつ病んでいったと思います。

 次に、遅刻もとても多かったです。学校のホームルームにはさすがに間に合ってましたが、友人との約束には遅刻が当たり前で、学校でも移動教室(体育や理科など)は謎に遅刻するというのもありました。

 それと、記憶力がめちゃくちゃ悪かったです。というより、特定のこと(好きなもの)しか覚えられず、友人や先生の名前も忘れてしまい、「ねぇ」とか「あの、」で乗り切ることがほとんどでした。もちろん、好きな教科のものしか覚えられないため、苦手科目は常に赤点でバカ者扱いされていました。

 あとは、多動性とか精神年齢が幼いとかですかね。多動性は、常に体の一部が動いていたり、いつもなんだか焦っていたり、きょろきょろするとか無駄な動きをして落ち着きがなかったです。精神年齢についてですが、一般的に発達障害は年齢マイナス二歳くらいしかないと言われているのですが、私もそんな感じだったと思います。

大人になって

 子どものころの症状に対して、大人になった現状を振り返ってみようと思います。

 まず忘れ物ですが、普段の仕事には同じものしかもっていかないため、それ用の鞄を用意することでほとんど無くなりました。正直に言うと、二十二歳くらいまでは、例えば制服を洗濯してそのまま忘れるとか、社員証みたいな小物を忘れるか失くすのはしょっちゅうやっていたのですが、大人になって対策できるようになったのでやらなくなりました。しかし今でも、例えば旅行とか突発的な事が起こったときは、持ち物リストを作って荷物を事前に準備していたとしても、確実に忘れ物をしてしまいます。

 次に遅刻ですが、これはどんな場合でもほぼやらなくなりました。ただ、やはり二十二歳くらいまでは遅刻ギリギリになって焦ることも多かったのですが、大人になった今では時間を逆算して行動することが身についた(何にどれだけ時間がかかるかが、体感で分かるようになった)ので、余裕を持って行動できるようになりました。

 また記憶力についてですが、職場の人の名前を覚えるのも二十二歳くらいまではとてもしんどかったです。メモ帳に名前とその人の特徴を書いて、帰宅後にはその人の顔を思い出しながら名前と一致させる練習などもしていたのですが、それでも名前を忘れたり間違えたりしていました。ですが現在では、恐らく一般的な人と同じように覚えることができるようになったので、入職から一週間以内には普通に名前を言えるようになりました。これはどちらかというと、ようやく脳が完成したというか、今までは未発達だったものにちゃんと神経回路が通ったような感覚があったので、発達障害の影響を受けた身体的な問題かなと思いました。

 あと、多動性と精神的な幼さですが、これは二十六歳になる現在でもあまり変わっていないと思います。飲食店で座ってるときに、手わすらしたり足を何度も組みなおしたり、立ってるときはゆらゆら変に揺れてたり、すぐ走るとか焦ってるような動きをするとかについては今も変わらず悩んでいます。それに、精神的な幼さもですね、大人になったからこそ自分の幼さや未熟さもはっきりと分かるようになりました。自分の言動が年齢よりも幼いとかっていうのは頭では理解しているのですが、心と身体がついてこないんですよね。最近は転生物のマンガとかで、大人の精神のまま子どもの身体に入るみたいなストーリーを時々見かけますが、あれに近いものを感じています。

発達障害者の人生はマイナスをゼロに戻すようなもの

 結論から言うと、私は物心ついたころから大人になった今まで、発達障害の特性のせいでずーーっと生きづらかったです。

 発達障害は、大人になるとある程度マシになると言いますが、それは精神的に大人になったからであって、障害特性は治るどころか落ち着くことはないと言っていいと思います。確かに、記憶力など脳が完成したから少しマシになったと思える部分もありますが、それ以外は子どものころから全く変わっていないと私の場合は断言できます。

 でも、子どものころはなぜ自分ができないのかとか、何がダメなのかが分からなかったのですが、大人になって経験を重ねてくると「これは発達障害の特性のせいでできていないんだな」というのが客観的に分かるようになってくるわけです。そうすると、自分が発達障害のせいでいかに能力的に凸凹しているかとか、自分にはできないけど普通の人にはできることが何かというのも見えてくる。そして、自分がいかに劣った人間であるか、何もできないどころか周りの足を引っ張るような、他人に甘えざるを得ない未熟な人間であることを常に痛感し続けるようになりました。

 現在未成年で発達障害に悩んでいる人にとっては恐ろしい事実を言いますが、自分に合う仕事や、過ごしやすい環境というものは、絶対に見つからないと思った方がいいです。なぜならば、発達障害の凸の部分は激狭で少ししかないので、それに合うしごとなんてほぼ無いし、あってもそれに就ける人なんてさらにごくわずかだからです。

 となると凹の部分をなんとかカバーしながら生きていかなければならないわけですが、それはつまり普通の人ができることができない、またはとても努力しないとできるようにならない状態で生きるということになります。そしてそれは、例えば身体の一部が欠けているけれどあるようなフリをしているようなものなので、ずーーっと無いものを補い続けなければならないのです。それでも、それは普通の人が元から持っているような正常な状態ではないので、いくら努力し続けても違和感や劣った状態から抜け出すことはできません。それが、障害者であるということなのです。

それでも頑張って、普通であるフリをしなければならない

 どうやっても普通にはなれない。当たり前に求められていることが、当たり前にできない。

 私は十七歳から働き始めて約十年で三十社以上転職しています(もう三年前くらいから数えていない)が、どんな仕事、どんな職場でも、そこで求められている”普通”にはただの一度も辿り着くことができませんでした。私は高校を中退していて学歴がないのと、発達障害のせいで仕事ができないか居場所を維持できないせいで転職を繰り返さざるを得なかったのですが、それでもどの仕事でも障害者雇用で働くことはありませんでした。

それは、私の恩師から「少しでも普通にできることがあるなら、障害者枠はもっとそれを必要としている人に譲ってあげなさい」と言われたからです。

 正直に言うと、三十社以上も転職している時点で普通とは程遠いというか、むしろそれこそ障害者らしいのではないかと私は思うのですが、恩師の言うことにも一理あるとは思っています。例えば、身体の一部を欠損していても普通の職場で働いている人はこの世に五万といるわけです。確かに頭を使う仕事だったら身体は関係ないというのもありますが、それでも普通の人と比べてできないことが多かったり、普通の人たちに配慮してもらうことも多いでしょう。子どもがいて急に休んだりシフトの調整が必要な人なども、捉えようによっては障害者と同じく、配慮が必要な人だと言えます。そんな彼らが働けているのは、本来の社会は互いを助け合い、相手の未熟さやできないことには目を瞑って、寛大になることが当たり前の社会だからです。

 人は何かしらの欠点が必ずあって、自分の気づかないところで周りから支えてもらったり、できないことや未熟さを許してもらっています。だからこそ周りの人に感謝をして、本人も努力することで、自分も周りも成長していけるのです。しかし障害者雇用は、初めから”できないこと”を明確に線引きしてしまううえに、「この人はできない」のが当たり前だと先回りの配慮をしてもらうので、”甘やかされている”うえに期待されてないから成長する機会も与えてもらえないのです。しかし、重度の精神障害者など、常に周りの人の配慮や手助けを必要としている人ももちろんいるわけです。そんな人たちだからこそ、障害者雇用という選択肢があるのではないでしょうか。

結論

 発達障害が大人になって思うことは、結論としてはずっと生きづらいし苦しいです。

 マイナスをゼロにするだけの人生なので、成長も感じられません。他の人は、「私は○年前と比べて一回りも、二回りも成長したよ」なんて言いますが、発達障害は穴の開いたバケツに水を灌ぐような人生ですから、ずーーっと”できない自分”と向き合い続けることになります。その代わりに、自分とはどういう人間であるか、というのは色濃く感じられたかもしれません。

 十年前の私は、苦しい今と比べて「十年後なら、生きててよかったと思えるようになっているかもしれない」と思っていましたが、十年経っても人生が苦しいのも生きててよかったと思えないのも変わりませんでした。

 しかし、死ぬ前までには「生きててよかった」と思えるだろうか、そうであったらいいなと思います。

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この記事を書いた人

月光のアバター 月光 中卒フリーター

高校を三回中退し、精神科の閉鎖病棟に二回入院し、二十回以上転職した人です。最近は小説を頑張って書いています。

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